美味しい桃をたべまして

2018/09/09

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近くのスーパーで桃買って、切って皮むいて食う。
美味しかったです。やっぱ果物って美味しいね。
高いからあんま買えないけど。

最近は松下村塾を経て、そしてそれを終えていろいろずっと考えてる。
俺っていう人間は、周りの人よりも無駄に考えて生きていく人間のような気がしてる。それはずっと思ってたけどね。一つ一つ自分の中で納得させてから確信を持ってやっている。

このブログもね、本当に自己満だよね、ごめんね、
読んでくれている人、何人いるのかわかんないけど、本当にありがとうね。
桃をおすそ分けしたいくらいだけどあと一個しかないからごめんね。

そう、それでいろいろ考えて思ったのがね、俺、昔から創造したり表現するの好きでね、絵とか文章とか歌とかね、すごい好きだったんだけど、それで生きていくっていう情熱も勇気もなくてね、それは以前の記事でも書いたから割愛するけど、そんなんだけど「社会的芸術家」ってのが俺の理想なんだって気づいてからその思想体系を確立しようってやってきて、東京きてからはそれを形にしよう、表現しようってやってきてたんだけどうまくいかなくてね。まだそのトライも全然足りてないのに何言ってんだっていわれるかもしれないけど、そもそもその形にするためのアイディアを考える時点でめっちゃ思考がごちゃってね、自分の中での「社会的芸術家」の定義だったり、志、夢が曖昧だからかなって思ってたんだけど、それもあるだろうけど俺には圧倒的に芸術、表現、創造面でのスキルとかknowledge、センスがかけてることに気づいて。それはそうだよね、芸術の解釈とか知識とか美学、思想を軽く2年間大学でフラフラかじってた以外は何もしてないんだもんね。なんとなーくカメラ買って写真始めたりギター買ってやってみたりちょいちょい動画制作したりこうやってブログに文章書いたりしてるだけだもんね。だからやってみようと思う。まずはね、自分で表現する、創造する、それがスタートな気がしてる。
そう、それで何すんの、って話なんだけど、
なんでも興味あるんよね、音楽、映像、写真、絵画、デザイン…。
やけん全部やってみる。俺がなりたいのは音楽家じゃない、映像作家でもない、写真家でもないし画家でも作家でもデザイナーでもない。社会的芸術家なん。
こいつ、わけの分からん言葉を我が物顔で偉そうに…なんもできんくせに…それはそうですよね。わかってます。ごめんなさい。本当のアーティストの方とかに失礼なのも重々承知しています。すいません。
でも、やっぱそう思うんです
俺はスペシャリストにはなれない。アーティストにはなれないしビジネスマンにもなれない。
でも、社会的芸術家って枠なら、その自分で作った居場所なら、自分らしく生きていけるような気がしてるんです。
だからこの道を追求します。
これまではいろいろやって自分との対話に繋げてそこから広げて、思想形成、基礎作りをしてきました。
東京に来て、あとはその思想を形にするだけだと思っていたのですが、その形にする前段階で自分のスキルをつける時間が必要でした。そのプロセスを経ることで専門的な知識やセンスがつき、また思想も進化していくんじゃないかなって思っています。

というわけで、
河田じゅんいち、アーティスト、始めます。

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