自分の幸福状態を知ってからが人生のスタート

2020/05/04

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例えば自分が、

「ご飯が好きなのか、パンが好きなのか、わからない状態」で

「ご飯が主食の国か、パンが主食の国か、どっちで暮らすか」

って聞かれても、「どっちでもいいよ」となっちゃうように。

その後の人生を幸せなものにしたいのであれば、

「自分は何があれば幸せなのか」ということを認識しないことには始まらない。

あのサッカーの本田選手も

現実的に考えないで、大胆にでもつくってしまうといいですよ。「何にでもなれると言われたとき何になりたいか?」って考えて、まわりから「なれるわけないやん」って言われる夢物語だっていい。

そもそも、ゴールがわからない状態って、「どこに向かって生きてるんですか?」って話ですから

https://r25.jp/article/784675735103629087?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=share_on_site&utm_content=pc

と語っている通り。

当たり前の話だけど、意外とみんな気づくことができていない気がする。

自分も振り返ってみると、中高時代は全然普通に送っていたけど、大学時代は編入したり、バックパックしたり、インターンしたり、意識高めな活動をしていた。

中高時代普通だったのになぜ大学時代意識高めになったのかと言うと、

中高時代に「こうしたら多分自分は幸せだし楽しい」みたいな気づきを得られたからで、単にそれを実践したにすぎない。

言ってしまえば、もうすでに「こういうことをやってみたい」というリストは頭の中にあって、それをひたすらやっていったにすぎないのだ。

実際にやってみる中で、「どんなことをしているとき、どんな人といるとき、どんな話をしているとき、自分は一番楽しいのか」という解像度が上がっていく。

まず気づくこと、そしてその仮説を検証し、解像度を上げていくこと。

そのサイクルを回すことで自分の幸福状態を定義する。

それをできてから自分の人生がスタートしたと思っているし、気づくのは早いに越したことはない。早くスタート切れるし、間違っていたとしても早く修正できる。

そして何より、正直その気づきは社会人になってから得るのはかなり難しい気がしている。(仕事の中での「やりがい」みたいな話は見つけられるけれど)

手段はなんであれ、面白そうだと思ったことは全部やったほうがいい。

定義できれば、すべての行動一つひとつに自分の意志が入るようになる。

すべての行動において少しでも自分が楽しいようにしようとする。

そうすれば、毎日の全てがめちゃくちゃ楽しくなる。

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